はじめまして。
演出助手をメインとした舞台スタッフの仕事をしております長谷川と申します。
仕事ができない、僕の話をさせて頂きます。

▼演劇人生の始まり

この業界には18歳から携わってきて、かれこれ14年になります。
俳優からスタートした僕の演劇人生は、大学の同期との小競り合いから脚本・演出に舵をきっていきました。
なんだか分からないけど、表現をすることが楽しくてしょうがなくて、しょうもない作品をつくっておりました。
基本的に知識も能力もないので、とにかく人より本を読む・調べる・書く、寝る暇なんてありませんでした。

▼3.11

そんな時、主催公演が3.11の震災にぶち当たりました。
昼公演の途中でした。今でも鮮明に覚えています。
その時僕は客席で何も動くことができず、避難誘導などすべてたまたま居合わせたサークルの先輩にやっていただきました。
自分にはなんの能力もありませんでした。

震災後、演劇を上演することに対しての是非が問われる風潮がありました。僕は、パッションだけで作り続けていた創作に対して、なんの価値も見いだせなくなりました。
現場では何の責任も取れない。作品の価値も見いだせない。

▼スタッフとしての道へ

それでも情熱だけはあり続けました。
ですが、アルバイトをしながら自分の創作活動を続けていっても、生活ができるビジョンがまったくもって見えませんでした。
考えて、僕は現場で責任がとれる人間になろう。アルバイトよりも現場に関われる時間が増えていった方が、この先の人生でクリエイターに戻れるきっかけがいつか出てくる可能性が高いかもしれない。
それならば、スタッフとして食べていける道を進もう。
そこから僕のスタッフとしての道は始まりました。

▼自殺未遂

当時の僕は、表現欲求はあるものの、何かにおいて恥ずかしいと思ってしまう・コンプレックスの固まり・自己主張苦手、というド陰キャでした。
これは全て育ってきた家庭環境に起因しています。
そんな当時の僕が社会の大海原に飛び込んでいった結果、心がつぶれて自殺未遂に至りました。(某テレビ局案件のため詳細は伏せます、、、)

▼BMGの始まり

自殺未遂後、自分の中で何かが吹っ切れて、両親とは縁をきり、2年間フリーターをしながらしっかり準備をして、この業界でまずは生活できるように・食っていけるようになるんだ、と新たにスタートをしていきました。
これがBMGの始まりです。
大分遠回りをしました。振り返ると、遠回りをしてきて余計なことに時間をかけてきた人生だったなと思います。

始めた当初は、これだけで食べていくんだ!!と息巻いて、貯金もないまま事業を始め、1年で限界がきて、夜勤のアルバイトと並行して進めていくことになりました。
本当に頭が悪いです。
思い立ったらとりあえず動いてしまうのです。

それでも気合でやり続け、だんだんと関われる現場の規模が大きくなり、クライアントが増え、ようやく、アルバイトと並行しなくてもいける路線に乗りました。

▼コロナ

そんな時にコロナです。
これまで、僕は運も悪かったのです。尊敬できると思える上司には出会ったことがない。賞レースなどの競争ではいつも選考外。部活では副部長。いつもそう。
この現場に入れたらこの先の仕事の入り方が絶対変わる!と思っていた現場が全部飛びました。

▼結婚

そんな中ではありますが、試行錯誤をしながら働き続け、上には上がれないまでも食べられるようにはなっていきました。
全然自分ではするつもりなかったのですが、結婚もしました。人生分かりません。ずっと渋っていたのですが、「してみないとどうなるか分からなくない?」と言われ、確かに、と妙に納得してしまった自分がいました。

同時に、食べられるようになったはいいけど、毎日が忙しすぎてプライベートもくそもあったもんじゃないし、休もうものならお金は入ってこないし、で正直自転車操業が続いていました。

▼離婚

こんな状態で僕は一生働き続けるのか?否、嫌だ。
そう思い、隙間を縫っては副業に色々トライしてきました。
嫁にも、将来時間とお金が作れるように今頑張りたいんだ、と説得し続けていました。
ところが、忙しくしていた結果、嫁が病みました。
永遠に不機嫌な嫁が待っている家に帰るのが僕も多大なストレスで、色々経て、離婚しました。

▼人生と演劇への関わり方を考える

一人になり、少しの時間ができ、ただお金はなくなり、コロナも明けてきて、今。僕は僕の働き方・生き方を再度見つめなおさないといけないと強く感じました。

そんな考えからのBMGの新しい体制です。
メンバー制を取り、BMGCREATの仕事の受け方で分業制のシステム化をしていく。演出助手だけを続けなくても、間で1ヵ月空いちゃう、収入なくなっちゃう、ではなく、スポットで演劇関係の仕事や違う仕事がいれられてそれで生活もできちゃう。
そうなっていけたら、ずいぶん幸せにならないでしょうか。

▼これまで

思えば、ここ4・5年の間、まともに読書もできてないし、音楽も聴いてない。読書は電車とか移動の隙間で読めるじゃんと言われそうですが、僕は仕事ができない演出助手です。電車なんか永遠にパソコン広げてます。
音楽も、歌詞が入っているものを聞いていると仕事にまったく集中できないので、永遠に自律神経を整える音楽・自然の音楽ばかり聴いています。

脚本・演出もしたい。出演もしたい。プロデュースをしたい劇団もある。世に出してあげたい演劇人がいる。
だけど、お金も時間も知名度も影響力もない。仕事もできない。

 ▼これから

32歳になりました。
仕事ができないままあがき続けた14年は無駄だったか。
いや、遠回りをしてきた分、できない人間の気持ちはだれよりも分かる。言語化もしてきた。資料も残している。これはこれからの誰かのためになるのではないか、誰かと一緒に進んでいける素材になるのではないか。
今、強くそう感じています。

人に教えることはとても好きで楽しいです。
プレイヤーでもあり続けたいですが教える側にも回りたい。
仕事ができない演出助手の長谷川はこうして14年、演劇に関わり続けて、今、ここにいます。

興味を持ってくださった方、ぜひ一度ご連絡をください。
一緒に演劇のある人生を考えていきましょう。
よろしくお願いいたします。